無観客 / No Audience
奴隷とやや久しぶりに、セッションをした。 撮影の相手としてプレイは定期的にしていたが、2人きりでセッションをするのは久々だった。 言わずもがな、カメラがあって照明が当たって、カメラの向こう側に複数人がいる中でプレイをするのと、2人きりのプレイは違う。 ただ、体感としてはマゾの方が感じ方の違いの差が大きい気がする。ドミナは普段のセッションから集中しつつ、安全確認などをしているので、差が少ないのかもしれない。 私はSMプレイと舞台は似ていると感じることが多い。見せること、魅せることが前提の中で、深く集中して没入して、だけど拡がり、繋がる感覚が似ている。 長くなるので、この話はまたの機会にしたい。 マゾと比べて差が少ない、とは言ったものの、撮影のプレイと大きく違うと感じる場面がある。それは、”一見何も起きていない、大したことは起きていないようだが、2人の間には様々なことが起きている"、という場面だ。 例えば、目が合って静止している時間。2人の間では、思いや思惑や欲望が交錯しているが、2人以外が見ると、退屈な場面になり得る。2人には2人の今までの時間があって、文脈があって、思いがあるから、今ここに起きていることは今ここだけではないのだ。 だけど、2人以外は、今以前のことを知らないから、わからない。 これからのプレイへの期待と恐怖に震える様子、息、短い言葉、それに反応する自分、それにまた反応するマゾ。ただ見つめていたり、短い命令だったり、簡単な拘束の過程でそれらは起きている。 地味な場面、「映えない」場面でも、たくさん起きている。 奴隷は毎回、プレイの始まりに「ご挨拶」をするのだが、そこにいつもちょっとした前口上がある。 今回の111回目のプレイの口上は、 「久しぶりのご調教となりましたが、初心にかえって受けたいと思います。」 というものだった。 床に正座をしたマゾの、ラバーマスクの奥の瞳が真っ直ぐ私を見上げている。 変態世界の中で吐かれた「初心」という謙虚で殊勝な言葉に、少し笑ってしまったが、すぐに「ああ、その通りだな。」と心に響いてしまった。 ここのホテルでプレイをするのは、奴隷以外とのプレイを含めても久しぶりだった。以前は毎週来ていたホテルだ。このレイアウトの部屋で何度もプレイをしてきた。 初心にかえろう。 長くSMプレイをやってきて、新しいことや、新しい環境...